「スピリチュアルケアとは」

「スピリチュアルケアとは」

加藤理人

加藤理人

社会福祉法人聖嬰会 イエズスの聖心(みこころ)病院
パストラルケア部臨床カウンセラー 加藤理人


スピリチュアルケアとは、定義するなら「苦悩を抱えた人が自分自身で自分自身の内面を見つめながら、『見えないつながり』によって自分自身を支えているものを再確認し、生きる意味を再発見し、苦悩を抱えながらでも生きていけるよう支えること」である。しかし、スピリチュアルケアを「自分がこれからどうなっていくのか」、「人生の意味への問い」などのいくつかのスピリチュアルな痛みにだけ焦点を当てて捉えようとするとスピリチュアルケアの理解が浅くなってしまう可能性もある。

そのような考えになってしまうのも当然なのだが、そもそもスピリチュアルな痛みは、他者の関与によって完全に解消したり、又は、取り除いてしまうものではない。ある意味でスピリチュアルな痛みは、「常に持っていなければいけないもの」、「その人らしさを保つもの」である。つまり、スピリチュアルな痛みを取り除くことは、「その人らしさをなくしてしまうこと」になる。しかし、痛みには違いないので、その痛みを一緒に支える(担う)存在が人間には必要である。

よってスピリチュアルケアワーカーは、スピリチュアルな痛みを解消したり、取り除くことではなく、痛みを共に担う存在でなければならない。そのためには、まず、自分自身のスピリチュアルな痛みを知らなければならない。「人をケアするためには、まず自分から」である。これまでの生育暦、価値観、死生観、信仰などを徹底的に振り返ることで、自分の長所だけでなく、短所も見つめる必要がある。そして、自分を見つめ、自分を受け容れることが自分をケアすることにもなり、他者のスピリチュアルな痛みと共にいられるスピリチュアルなエネルギー、又は、スピリチュアルなパワーとなる。

研修などを積むことによって、他者と共にいるスキルを身につけることはできるかもしれないが、自分自身のケアを経ずにただスキルだけを身につけようとすることは、スピリチュアルケアワーカーにそぐわない。なぜなら、スピリチュアルケアワーカーは、自らの痛みを知って初めて、「苦楽を伴う人生の同伴者」となれるからである。

さらに突き詰めて表現するとスピリチュアルケアという営みは、ケアの対象者と提供者が「互いの人生の苦楽を共にする場を共有すること」とも言える。この「互いの人生の苦楽を共にする場を共有すること」が、スピリチュアルケアにとって大切なことであり、スピリチュアルケアに関して、一方的にケアを提供すると言う関係は、深い意味においては存在しないとも言える。

このようにスピリチュアルケアワーカーは、他者の深い内面性に関わるため、どうしても自分の内面、時には、自分の嫌な面をも見なくてはならない。それは楽な道でなないが、苦悩を抱えている方と共にいるためには通らなければならない道である。


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