さわやかな風が

さわやかな風が

臨床パストラル・カウンセラー 山下春憙

臨床パストラル・カウンセラーいつもより1時間ぐらい早く家を出て、午後4時にはホスピスに着いた。ナースステーションでHさんの様子を聞いたら、今調子が悪く、看護師が部屋に行っている。娘さんも来ているとのこと。
わたしはHさんの旅立ちの近いことを直感した。

1年半前、以前勤めていた病院で出会った患者さんから久しぶりに電話があった。 「がんが再発して、食事が摂れなくなり点滴だけで生きている。その針を取替えに毎週病院に通っている。次の火曜日に病院で会えないか」という話であった。

火曜日に外来診療が終わる10時に指定された場所で待ち合わせた。
半年振りに見るHさんの顔。やせ衰えてみる影もない。「もう残り少ない人生、静かに自分の人生を振り返りたい。そのためにできたらホスピスに入りたい。いいホスピスがあれば紹介してください。」ということであった。

その次の火曜日には次第に体力も衰え、通院は無理ということで、主治医は入院をすすめた。
Hさんは、しばらく入院して体力をつけてから、適当なホスピスを見つけて、そこに入院する手はずであった。
入院した次の日にK病院の個室に入っているHさんを訪問した。

帰り際に彼女は次のように言った。
「さわやかな風がす~と入ってきたかと思ったら、あなたが座っていました。あなたは不思議な人ですね。こんなすがすがしい人に出会ったのは初めて、というのがあなたと出会った最初の印象です。
人生の終わりにあなたのような人をイエス様は送ってくれて本当に幸せ」と弱弱しい声で言った。
わたしは、「それはね。私の中のイエス様があなたのところに来たのですよ」と言った。
そしたら、Hさんは涙を流していた。
彼女の人生最後の仕事は娘さんとの和解だった。
Hさんは自分の非を認めて娘さんに謝罪し、次第に和解の方向に進んでいった。娘さんもだんだんと母の心に動かされていった。

わたしは毎日祈りながらその変わりかたを見せていただいた。
ホスピス入院の10日間には、本当にすばらしいことが起こったのだ。

今日9月4日、午後4時頃、病院に着いた。
Hさんの息遣いが荒い。酸素吸入の量も多い。
「Hさん、来ましたよ。」と大きな声で言った。目の焦点は合わないが確かに声の方に顔を向けた。
次第に息遣いが波打つようになり、酸素吸入のマスクをはずそうとする。体を右左に変えようとする。
突然目の様子が変わった。息遣いもおかしい。息が途切れる。次第にその間隔がながくなる。娘さんが緊急ナースコールをする。
看護師さんが飛んできた。様子を見極めるや、ドクターを呼びに行った。ドクターが来る。しばらく腕を取って息がとまるのを見きわめている。
息が止まった。
しばらく聴診器で心臓の音を聞いている。目にライトをあてて瞳孔を見ている。時計を見て、やおら死亡告知。
その瞬間苦しみの表情がおだやかな安らぎの表情に変わった。
2008年9月4日午後4時52分。71歳。旅立ち。
55歳まで小学校の教師を務めた。
自分の信念に生きた人生であった。
今は、イエスの光の中に導きいれられたと信じている。

アレルヤ

2008/09/19


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