スピリチュアルケアの普及を目指して

スピリチュアルケアの普及を目指して

臨床パストラル・カウンセラー 石田了久

5年前、友が癌で苦しみ他界したとき、死に対し医療が全く無力であることを痛く感じた私は、25年間勤めた公立病院を辞し、内科透析病院で整形外科診療をしています。ホスピス病棟はありません。

スピリチュアルケアの普及2年前、臨床パストラル・Aコース研修を終えた後、私は理事長の理解の下、院内で「スピリチュアル勉強会」を月に1度始めました。また近くに当院が経営する介護付老人ホーム(60室)があり、そのスタッフ約50名を5グループにわけて月2回「コミュニケーション研修会」をしています。

スピリチュアル勉強会設立当初は、15名の参加がありましたが、現在は常時5~6名と減ってきました。医療は、目に見えないものではなく、みえるものを信じる分野であり、また忙しい毎日の中で、スタッフにスピリチュアルを理解し受け入れていただくことは容易なことではありません。閉塞感の中、最近外来患者さんとの間で次のような会話がありました。

G: (70歳代の女性、覇気のない暗い表情で)「膝が痛いなら整形に行けと内科の先生に言われてきました。痛くて歩けません」
H: 「え、今歩いてこられましたよね」(G:無言で私を睨らまれる)。H:(診察後)「大丈夫です。膝の痛みは良くなりますよ」
G: (少し間をおいて)「歩けても息子が死んで・・・」(涙ぐまれ、一人っ子の一人息子が先日交通事故で亡くなったと話された。そしてどうしようもないといった感じでいわれた)「死にたい・・・」
H: 「息子さん亡くなられたのですか?それは、それは辛いですね」(しばし間をおいて)「私も息子を交通事故で亡くしました。でもここ(胸)に生きていますよ。・・あなたの息子さんも生きておられるでしょ」(といって胸を指し示した)
G: (間をおいて静かに頷かれたが、その後すぐに)「でも夫も腎不全で入院しいつまで持つかわからないし、一人になったら人に迷惑をかけるだけだからやっぱり死んだほうがいい」
H: 「いいじゃないですか喜んで人のお世話になりましょう。みんなが世話になるんですから」
G: (エッといった表情をされ無言で診察室を出られた。)1週後再診。
G: (とても明るい感じで)「先生この前は有難うございました」
H: (何のことか判らず)「何のことでしょう」
G: 「この前言われたこと主人に話したらとても喜んでくれました。」

先生、私が死ぬまでここを辞めないでくださいね」(といって診察室を出て行かれた。なにか感じられたのであろうか)
外来診療中の短時間では、とてもスピリチュアルケアは出来ないと思っていた私は、この方から、“いつもスピリチュアルケアが出来る心の状態を保つように努力しなさい”と教えられ、心にあった閉塞感も消却したようで、私がケアを受けたことに気づかされました。

本年の(高校)同窓会で、スピリチュアルの話をしたところ、皆の頭には「オーラの泉」しかなかったのでしょう。大半の人に理解していただけませんでしたが、一人、黙って聴いていたA君が私の側に来て「公民館でその話をしてくれ」と依頼してきたのです。小学校長を11年していた彼は、退職後公民館の館長となり、館内に「老人大学」を立ち上げ毎月色々と企画していました。人生の大先輩の方が対象で迷いましたが、A君の熱心な依頼を断りきれず引き受けてしまいました。約40名の先輩方を前に「スピリチュアルについて」話したところ、「見える霊と違うことがよく解った」「改めて自分にとって、本当に大切なものは何かを考えてみます。そしてお迎えを待ちます」との言葉をいただき、私は生き方を教えられました。

医療職にある方々と老人ホームのスタッフを対象とした2つの勉強会を続けながら、外来診療の中で、また地域の方々との交流のなかで一方的ではなく、互いにケアし合うことが、スピリチュアルケアの普及にも繋がるのではと思っています。

2008/11/10


  |  



研修会場を探しています!

東京都内で臨床パストラルケア(=スピリチュアルケア)の研修会の場所を探しています。もう15年以上、毎回場所を探し、教材・PCやプロジェクターなどを運ばなければならないのです。ご協力を願っています。

臨床パストラル教育研究センターは、病人を全人的にケアするのに不可欠なスピリチュアルケア・ワーカーを養成するための組織です。